怪談 ~自殺を止める者~
※この作品は有料となります。全文をご覧いただくにはご購入をお願いいたします。
夜になっても昼間の熱気の余熱のせいか、一向に気温が下がらない。
風もなく体に纏わりつく生温い空気に、全身にじっとりと汗がにじみ出てくる。
額を濡らした汗で前髪が張り付いるが、梨花はそんなことは気にならない様子で、スマホの画面をじっと見つめていた。
その目は真っ赤で瞼も腫れぼったく、目の下には涙の後が幾重にも重なってみえる。
「亮二、なんで電話に出てくれないの。出てくれないと私、、、死んじゃうよ。」
そう行って梨花は再び涙を流すのだった。
梨花は今、自宅のあるマンションの屋上から飛び降りて自殺をしようとしていた。
理由は彼氏にフラれたから、、、それだけだった。
しかり梨花にはそれだけでも死ぬ理由には十分に思えた。
亮二は梨花が人生で初めてできた恋人だ。社会人となるまで男性と付き合ったことのなかった梨花にとっては、亮二が最高の男性で、これから先の人生もずっと一緒に過ごす伴侶となるべき存在であると確信していた。
だが、付き合い始めてから半年ほど経った昨夜、亮二から電話で突然の別れを告げられたのだった。
理由をいくら聞いても、「ごめん」としか言わないのでなぜ別れなければならないのか分からないし、とても納得はできなかった。
梨花はしつこく別れたくないと亮二に伝えたが、亮二はそのときも「ごめん」を繰り返すだけだった。最後は亮二から一方的に電話を切られてしまい、そのあとはいくら電話をしても呼び出し音が鳴るだけで電話が繋がることはなかった。
その晩は一睡もせずに泣きはらした梨花は、どうしても別れることを受け入れることができなかった。
誰かに相談したかったが、このような話ができるような友人は梨花にはおらず、また家族にもとても相談できる話ではなかった。
その日は土曜日で仕事も休みだったので、考えて悩んでは亮二に電話して繋がらないということを何度も繰り返して、気づくとあたりはすでに暗くなり始めていた。
梨花はこのときになって、亮二との別れは避けられない事実というのを受け入れるしかないと思うようになっていた。そして別れるのであればもう自分は生きてはいけないとも。
梨花の住むマンションは、屋上の出入り口は中からならば鍵を開けて簡単にでれるようになっていて、梨花はそれを他の住人から聞いて知っていた。
屋上に実際に来るのは初めてだったが、聞いていたとおり、簡単に屋上に出ることはできた。
屋上は平坦なイメージだったが、実際には貯水タンクやエレベーターの機関部が収まるスペースなどがあちらこちらにあり、思ったよりも狭かった。
屋上の入口の扉を閉めて、梨花はまっすぐに柵のほうに向かって歩き出した。
柵の高さは梨花の首くらいの高さがあるが、よじ登ればなんとか乗り越えられそうだった。そして柵の向こうには1メートルほどの屋上の縁の部分がある。
梨花は柵を越えてマンションの端へと立った。
マンションは6階建てなので、屋上はかなりの高さがある。下を見ると想像以上に高い。
梨花はいったん柵の所まで戻り、柵に寄りかかってスマホを取り出した。