通りすがりの〇〇なホラーブログ

自作のオリジナル怪談がメインのブログです。短編のホラー小説のような作品も書いていきたいと思います。怪談は因果律の中へ。

【通りすがりの怪談】怪其之二十 ~通過~

怪談 ~通過~

「うわぁ!」
時間は20時を過ぎていた。
場所は高層ビルの5階フロア、人が少なくなったオフィスに山下の叫び声が響き渡る。
斜め向かいの席に座っていた山下の上司の田中はその叫び声に驚いて、山下を見た。
叫び声と同時に椅子から立ち上がった山下は驚きの表情で田中の席の後方を見ている。
やがて自分を見る田中の視線に気づいた山下は田中と目が合うと、われに返った。
「すっ、すみません。」
山下は田中と他にオフィスに残っている同僚社員に向けて頭を下げて謝罪する。
「どうしたんだ。」
田中は普段の生真面目な山下からは考えられない突然の行動に困惑していた。
「すみません、別になんでもないです。」
椅子に座った山下は気まずそうに下を向いている。
「なんでもないことはないだろう。そういえば前にも似たような事があったよな。」
それは二月ほど前に、今日と同じように田中と山下が残業をしていると、山下が突然「えっ」と声を出したあと落ち着かない様子になったことがあった。
「いいから言ってみろ。隠し事をされると気になって仕事に集中できない。」
山下は困ったような表情をしていた。
実は山下は田中が大の苦手だった。田中は上司として部下に厳しく接するタイプで、すべてにおいて細かくてしつこい。上からの評判は悪くないみたいなので仕事はできるのだろうが、部下たちからは煙たがられる存在だった。山下も田中のネチネチとした小言が始まる度に田中がいなくなってくれたらどんなにいいのに、と思うことが度々あった。
オフィスは空調が効いていて快適な温度のはずなのに、山下だけは額に止め処なく汗が浮き上がり、手にしたハンカチで何度もそれを拭いていた。
「でも、、、聞かないほうがいいと思いますよ。」
「構わん。俺は納得できないままでいるほうが我慢がならない。」
「わかりました、、、そこまで言うなら。実は、今そこを天井から床に向けて白い影が通り抜けていきました。」
そう言って山下は田中の席の後ろあたりの通路を上から下へと指さした。
「なんだそりゃ。」
田中は山下があまりにも予想外の話を始めたことに驚いてつい変な声が出てしまった。
「白い影、、、人の姿をした白い影です。」
田中は今度は言葉を返すことができなかった。何と言っていいのか、適切な言葉が思い浮かばずしばらく口をモゴモゴとしていた。田中がめずらしく動揺しているのに山下は少し気を良くした。
「さっき田中さんが前にも似たようなことがあったと言ったでしょう。あのときですよ、初めてその白い影を見たのは。僕がちょうどこの部署へ移動してきて初めて残業した日です。」
「おまえ、大丈夫か。」
田中は山下がおかしくなってしまったのかと思ったらしい。
「大丈夫です。信じられないのは当然だと思います。僕も最初は信じられませんでしたから。ただ、何度も見てだいぶ慣れてきたし、それにその白い影がなんなのかもなんとなくわかっていますから。」
「どういうことだ。」
「初めて見たあとからは度々それを見るようになったんですけど、僕が残業しているこのくらいの時間になるとたまに見えるんことがわかったんですよ、その白い影が。それが何なのか気になってしょうがなかったから調べたんですよ。」
「調べたってどうやって。」
「まず白い影、、、それは幽霊ではないのかと考えました。どうも僕以外の人には見えていないようでしたから。僕は昔からたまに見えてしまうんですよね、その類のものが。そして、幽霊が天井から床に突き抜けていく。それはおそらく自分が死んだときをトレースしているのではないか、と考えたわけです。」
「そこまで思いついたら、まずは今のこのビルが建つ前にここに何があったかを調べました。ビルの中を飛び降りることは不可能ですから。」
「このビルが建ったのは10年前、その以前にはここには9階建ての雑居ビルが建っていました。たぶんその白い影が通り抜ける辺りに、その雑居ビルがあったんですよ。」
話しているうちにだんだんと興奮してきた山下は、そこで少し間を開け息を整えた。
田中はそんな山下の様子に少しだけ驚いたようだったが、続きを待つかのように無言で山下を見ていた。
「つまり、僕が見た白い影はこのビルが建つ前に、かつてこの場所にあったビルから落ちて亡くなった人の幽霊で間違いありません。」
自信満々で断定的に結論を言い終えた山下とは対照的に、田中はなんだか納得がいかない顔をしている。
「僕の話なんかおかしいところはありましたか、、、。」
田中の様子を見て、山下のさきほどまでの自信に満ちた態度は早くも消えかけていた。
「まぁ、幽霊が実際にいるのかいないのかの話は置いとくとして、おまえの話は一応は筋が通っていると思うよ。ただね、ちょっと引っかかるところもあるな。」
「何がですか。」
山下の不安気な様子が表情から伺える。だが田中はそんなことはおかまいなしだった。
「まずおまえの言うとおり、以前にここに建っていたビルから誰かが落ちたって話。それってそういう事実はあるの。」
「いや、それは、、、。」
「じゃあもし過去に誰も落ちた人がいなければおまえの仮定の前提が崩れるってわけだ。」
「いや、しかし状況的にはそう考えるのが自然かと思うのですが。」
田中は呆れたように深くため息をついた。
「仮定に仮定を重ねてもしょうがないと前から言っているだろう。」
「すみません、、、。」
山下には先程見せた自信はもう微塵も残っていなかった。
「まぁ、今それについて話しても結論が出ようもないからそれはいい。だがもう一つ、気になることがある。」
「なんでしょうか。」
「おまえ、さっきだいぶ慣れてきたと言ったよな。そのわりには結構派手に驚いていたのはどうしてだ。その白い影は今日はなにかいつもと違っていたのか。」
山下はそれを聞いて絶句してしまった。田中はさきほどの一瞬の動揺からは完璧に立ち直ってるみたいだ。
いつも通りで実に鋭い。今山下が一番聞かれたくないことだった。
山下は何と答えていいか悩んだが、結局なにも良い返答が思いつかなかった。
「ええ、、、ちょっと油断していたのでビックリしてしまって。」
「本当か。そんな感じではなかったと思うが。」
思っていた通り、田中はそんな説明では納得しない。
だけど本当のことは言えない。その白い影が通り抜ける時に田中の事を掴もうと手を伸ばしていたことに驚いたなんて。
その掴もうとする行為がどういう意味を持つのか山下にはわからなかった。ただ絶対に悪いことを意味するだろうということだけはわかる。
だから田中には絶対にそれだけは言えない。次に白い影が現れたときに、もしかしたら田中のことを掴めるかもしれない。そうなったときに何が起こるのか、山下はそれが見たかった。
そうなると田中にはこの場はなんとしても納得してもらわなければならない。そのためにはなんと説明すれば納得してもらえるだろうか。山下は頭を抱えた。

 

 

更新日:2024/10/7

バージョン:1.0