通りすがりの〇〇なホラーブログ

自作のオリジナル怪談がメインのブログです。短編のホラー小説や世にも奇妙な物語のような話の作品も書いていきたいと思います。

【通りすがりの怪談】怪其之七 ~山に居るもの~

怪談 ~山に居るもの~

小学5年生の兄の陽大と小学3年生の弟の蒼大の兄弟は、夏休みに母に連れられて母の故郷へと遊びに来ていた。
母の故郷は東北の山間にある小さな村だった。
近くの大きな街までは車で30分かかるような不便な場所ゆえ若い人は村から1人また1人と出ていってしまっていた。そして数年前には最後の卒業生を送り出した学校も廃校となった。その後も過疎化がさらに進み、村内には空き家の方が目立つような現状だった。
だが祖父母は、そんな村でも長く住んだ村を離れる気にはなれないと、今でも村に住み続けている。
そのような村ではあったが、都会で育った陽大と蒼大にとっては自然が豊かな田舎での生活は新鮮な体験であった。 村は四方を山に囲まれた場所にあるため、山の中ではカブトムシやクワガタなどを捕まえることができるため、祖父に連れられて山に入ったりもした。だが、山には熊や猪が出て危ないから二人だけでは絶対に行かないようにと言われていた。
とくに家の裏手にある他より小高い山は、なにがあっても絶対に入ってはいけないと祖父母や母からは強く言われていた。
その小高い山は山全体を鬱蒼とした木々が覆っているが、辛うじて人が通れる細い道が麓から山頂まで繋がっているようだった。兄弟は後で知ることになるが、その山は地元の人間でも滅多に足を踏み入れることがないような所だった。
兄弟は、都会にはない大自然の中で、最初は見るもの全てが新鮮に感じられて楽しかったが、慣れてくると同じことの繰り返しに次第に退屈に感じられるようになってきた。
二人は次に何をして遊ぼうかと話をしていると、絶対に入ってはいけないと言われた山の話になっていった。この山にはいったい何があるのか、ダメと言われれば余計に子供の好奇心を強く刺激される。話をしているうちに二人は山に入ってみたいと思い始めていた。
そして二人は結局好奇心には逆らえず、言いつけを破って山の中に入ってしまう。

山の中に入った二人は、辛うじて道と呼べそうな草が生い茂った道を最初はゆっくりと慎重に歩いていた。周囲は深い森に囲まれていて、木漏れ日が辺りを照らしてはいるが、先は薄暗くあまり見通しはよくない。
最初は二人で並んで歩いても余裕があるくらいの道幅だったが、登るにつれ段々と狭くなり、やがて人ひとりがやっと通れるだけの道幅となっていた。
途中、周囲の森の中から些細な物音が聞こえるたびに二人ともビクリとしてそのたびに足を止めていた。しかし時間の経過とともに森の中の雰囲気に慣れてくると余裕が出てきたのか、2人はふざけ合いながら楽しそうに歩いて行く。
山に入って30分ほど経っただろうか。道を進んでいると、少しだけ開けた場所に出た。
そこだけ半径10mの円状に木々が無く、上を見上げると森にぽっかりと開いた穴から、空が見える。
そして、そこから山の上のほうも見えるが、そこには木造の建築物が見えた。
山の麓からでは何も見えなかったため、そんな建物がこんな山中にあるとは思いもしていなかった。
もしかしたら山の中に絶対に入ってはいけないと言っていたことに関わりがあるのかもと思った。そう考えた陽大はその建物を目指してさらに進もうと言うが、蒼大は怖くなったきたのか陽大の腕を強く引っ張り、もう帰りたいと泣きそうな顔をして訴えてくる。
陽大は、ならば一人で帰れと言うが、蒼大は怖いから一人では帰れないと言う。
陽大は当然に蒼大がそう返事することを想像していたが、せっかくここまで来たのにこのままで帰るなんてつまらないと思った陽大はまだ先に進むと絶対に譲らない。そんな押し問答がしばらく続いたが、やがて蒼大は諦めて陽大について先に行くことにした。
だが、しばらく道を進み再び深い森の中となると、山の上の建物がどの方向にあるのかわからなくなってしまった。辛うじて人が歩くことができる二人が進んできた道だが、このまま進んでも先ほど見えた建物の方に行けるのかもよくわからなかった。
陽大はとにかく道なりに進めば着くはずだと主張するが、蒼大は恐怖と不安からついに泣き出してしまった。
それを見て陽大もさすがに不安な気持ちが強くなってきた。そして陽大もついには先に進むのを諦めて帰ることにした。
元気いっぱいだった行きとは異なり、疲労と不安から押し黙ったまま二人は来た道を戻る。そしてしばらく歩いて行くと、途中で二つに道が分かれているところに出た。
登ってきたときは間違いなくずっと一本道だったのに、道が分かれていることに動揺する二人。
どちらの道から来たのか分からず先に進めずに困っていると、急に後ろから「ここで何をしているんだい。」声をかけられた。
二人は驚いて振り向くと、そこには見知らぬおばあさんが笑顔で立っていた。おばあさんは自分は山に山菜を取りに来たと言っている。
そしておばあさんは再び二人に何をしているんだと聞いてくる。陽大は素直に、村に帰るため山を下っていたが道が二つに別れていてどちらに進んでいいのかわからないので困っていると答えた。
するとおばあさんは、自分もちょうど村に戻るところだから一緒に行こうと言い、二人の横をすり抜けて二つに分かれている内の右の道をすたすたと進んで行った。
そして少しだけ進んだ先で立ち止まったおばあさんは、後ろを振り向きニコニコと笑顔を浮かべながら二人に向かって手招きをする。
二人も村に戻る道を知る人に出会ったことに安心したのか、ほっとした様子でおばあさんについて進もうとした。
だがその時、突然二人の後ろから野太い男の声が響いた。
「待て!」
その声に二人は振り返ると、そこには男が一人で立っていた。山の中とは思えない黒い和装をした中年のその男は「その老婆について行ってはいかん。」と必死の形相で叫んでいる。
何が起こったのかわからず、状況が掴めない二人は唖然として男を見つめていた。
するとおばあさんがいる方から「くそっ」と叫ぶ声がする。
陽大がそちらを見ると、おばあさんが先ほどまで浮かべていた笑顔は消え失せ、恐ろしいほどの怖い表情になっていた。
そして「また邪魔しおって、、、あともう少しだったのに。」と心底に悔しそうに顔を歪めながら呟いた。
それを聞いた陽大が「えっ」と驚いたのと同時くらいだった。瞬間的に強い風が辺りに吹いた。咄嗟に身を風から防ぐために腕で顔を隠したが、風が止みその腕を退けたときには、おばあさんの姿は忽然と消え、どこにもいなくなっていた。
「あぶないところだった。」
男は顔に浮かんだ汗を掌で上から下へと拭い、そして首を巡らせて周囲を見渡した。
やがて二人の方に向いた男は、厳しい口調で言った。
「反対の道を下れば山から出られる、早く行きなさい。」
二人は自身たちの身に何が起きようとしていたのかいまだに分からずにいたが、それは何か恐ろしいことなのだと漠然とだが感じてはいた。次第に強い恐怖を覚えた二人は、男の言うことに無言で従い、後ろを一度も振り返ることもせずに一目散に山を下りて行った。
無事に山を下りた二人は、母や祖父母にこのことを知られたら凄く怒られると思い、今体験したことは二人だけの秘密にすることにした。

それから3年が経ち、二人の兄弟は再び母と共に、母の故郷を訪れていた。
陽大は中学2年、蒼大も小学6年となっていた。
二人はずっと心に引っかかっていたあの出来事が何だったのかを知りたいとずっと思っていた。こうしてまたこの地を訪れた今、あの出来事が何だったのかを知る機会にちょうど良いように思えた。怒られることは覚悟の上で、以前に母の故郷に来た際に山で起きた出来事を二人は母と祖父母に話して聞かせた。
それを黙って聞いていた母は、話を聞き終えても平然とした様子だった。そして母は二人に向かってそのことは知っていたと言う。
二人は母がそれを知っていることに驚いた。今までそんな素振りすら見せたことがなかったからだ。二人は口々にどうして知っているのかを母に尋ねた。
すると母は、二人が先ほど話をした中で出てきた、二人を助けた男からそのことを聞いたと言う。
二人はさらに驚いた。あの時の男がまさか母の知り合いだったとは思っていなかった。
驚いた表情を浮かべている二人の様子を見ながら、母はさらに続けた。
「あの人は裏の山の上のほうに建つお寺の住職なの。」
二人はそのときに思い出していた、山を登っているときに見えた山の上のほうに建つ建物のことを。あれはお寺だったのか。そして、そのお寺の住職があの男。
そういえばあの時の男の格好は、今に思えば寺の住職のそれだったように思える。
あの日、二人が夜に眠った後に、住職が母の実家を訪ねてきて、兄弟が二人だけで山に入っていたこと、そして二人が"あれ"に出会っていたことを母と祖父母に伝えたのだった。
そして母と祖父母は、このことについては二人に話をしないことを決めたのだという。
どうしてかと聞くと、「そうなれば二人に"あれ"のことを教えなければならない。そうしたら二人を無暗に怖がらせることになるからね。」
そう言うとと母は苦笑をした。
兄弟は顔を見合わせて頷き合った。
それを見た母は「でも二人とも大きくなったからもう大丈夫よね。」と言って、そして母は"あれ"について話始めた。
"あれ"は昔からこの山に居るもので、このあたりに住む人たちからは天狗と呼ばれてる。
天狗は山道に迷った人間を騙して、自分たちの住処に連れ去ってしまいという。
実際に過去には山に入って帰って来なかった人は少なからずいたらしい。
だから村の人間はこの山だけには絶対に入らないようにと昔から伝えられてきたという。
想像にもしていなかった話に驚きを隠せない二人。だか陽大はそこで疑問を口にする。
連れていかれた人はどうなってしまうのかと。
母は、連れていかれた人は奴らの仲間、つまり天狗にされてしまうと言われていると言った。ただ、連れ去られて戻ってきた人がいないから実際はどうなのかはわからないが、と付け足した。
陽大はさらに聞く。
「でも天狗って肌が赤くて鼻が大きく、下駄を履いていて翼があるんだよね。」
それを聞いて蒼大も、うんうんと頷きながら続けて言った。
「あの時に会ったのは人間のおばあさんだったよ。」
母は、少しだけ考えてから答えた。
「この土地の者は"あれ"を天狗と呼んでいるけど、実際にはどういう姿をしているのか知る人はいないのよ。私たちの前に現れるときは二人の言うように人の姿をしているからね。」
「だから、実際にそれが天狗なのかどうかはわからないけど、あの山で人がいなくなってしまうことは昔からあったみたいだから、何かがいるのは間違いないの。」
二人は自分たちがあの時、もしあのままおばあさんについて行ってたらどうなっていたかを考えてあらためて怖くなった。
そしてあのときに助けてくれたお寺の住職に感謝するのだった。
「じゃあ、お寺の住職さんにお礼に行かないとね。」
蒼大が良いことを思いついたと勢い込んだが、陽大はそれは無理だと言った。
「だって、お寺に行くためには山の中に入らなければならないんだぜ。」
「そうか。」蒼大は残念そうにする。
「住職さんはお礼は必要ないと言ってたわよ。」
そう言うと、母はふっと一呼吸を入れてから続けて言った。
「二人が会った天狗、、、そのおばあさんなんだけど、住職さんの御祖母様らしいのね。住職さんは先代のお寺の住職の息子さんで、元々この村に住んでいたのね。住職さんがまだ小学生の頃に一人で山に入ってしまって天狗に連れ去られそうになったことがあったんだけど、そのとき身代わりとなって連れ去られたのが御祖母様。だから住職さんはそのことに責任を感じ、山の上の寺の住職になって山に入る人を天狗から守っているのよ。」
意外な話に兄弟は何も言うことができなかった。
「でも、もう天狗が出ることはないかもな。」
その時、それまで黙って話を聞いていた祖父が突然口を開いた。
二人はどういうことだろうと思って母を見たが、母も分からないという顔をして首を横に振る。
「どうしてもう天狗は出ないと言えるの。」
疑問を母が代表する形で祖父に聞いた。
「この裏の山に高速道路を通す計画があり、トンネルを掘る工事が行われるらしい。その工事車両が入るための道を、村とは反対側から造っている。そのためその辺りの森の木はほどんどが切り倒されてしまった。村側のほうもやがて木が切り倒される予定だから、住む森がなくなった天狗が出ることはもうないはずだ。」
「そうだったの、知らなかった。」
母は意外な話だったみたいで少しだけ驚いたみたいだった。
ただ二人はそれを聞いてなぜだか少しホッとした気分がしていた。

だが数日後、その工事現場で作業員の一人が作業中に行方不明になった。
事故にあったんじゃないかと大規模な捜索がされたが、数日が経っても見つかってはいないとのことだった。
村の住人の間では、その作業員は天狗に連れ去られたんじゃないかと言われていた。

 



更新日:2024/8/11

バージョン:1.0