怪談 ~すりガラス~
小学6年生の修斗は、自宅に帰ると母が浮かない顔をしていることに気づいた。
明るい性格の母にしては珍しいことだった。
最近皆にとってつらいことがあっただけに心配だった。
「どうしたの、なにかあった。」
母は言おうか言わないかで悩んでいるように見えたが、少しの間の後に修斗の問いかけに答えた。
「さっき一度家に帰ってこなかったよね。」
母は自信がない様子で修斗にそう尋ねた。
「ううん、今ちょうど帰ってきたばかりだよ。なんで、なんかあったの。」
修斗がそう聞くと、実は、、、と母が少し前にあったことを話始めた。
修斗の自宅は木造の一軒家で、玄関にはすりガラスが入った扉がある。
母が玄関の前の廊下を通りかかると、すりガラスを通して人が立っているのが見えた。
大きさは子供くらいの背丈に見えたため、最初は修斗が帰って来たのかと思っていた。
ちょうど片付けをしていて手に荷物を抱えていた母は、荷物を先に下ろそうと目的の部屋まで行った。
玄関の鍵は開いているため、いつものように修斗がすぐに扉を開けて中に入ってくると思っていたが、いつまでたっても扉が開く音は聞こえてこない。
どうしたのだろうと荷物を置いたあとに玄関へと戻ると、先ほどは見えたすりガラスに映る人影はなくなっていた。
そして、それから30分ほどして修斗が家に帰って来たのだった。
「気のせいじゃないの。」
母に修斗はそう言うが、母はなにか気になることがあるのか、押し黙ったままだった。
修斗がそんな母の様子を見て困っていると、母はそれに気づいたのか、突然にニコッと笑った。無理して笑ったせいなのか少し引きつった笑い顔に思えた。
「そうね、気のせいかもしれないね。」
そう言うと、母は奥のキッチンのある部屋へと歩いて行った。
翌日、修斗が学校を終えて家に帰ってくると昨日よりもさらに母の様子がおかしかった。
「お母さん、どうしたの。」
すると母は真剣な顔を修斗に向けた。
「今日も昨日と同じ人影が玄関の扉のすりガラスに映っていたの。お母さん、あれは祐樹くんだと思うの。」
「えっ、祐樹って。」
「そう、祐樹くん。」
「でも祐樹は今、、、。」
祐樹は近所に住む修斗より年齢が二つ下の4年生だが、家が近所だったので小さいころからよく遊んでいて、修斗は弟のように可愛がっていた。
だが今から3日前、学校の帰りに青信号を渡っていた祐樹は、暴走して横断歩道に突っ込んできたトラックに轢かれてしまった。救急車で病院にすぐに運ばれ集中治療室で治療を受けているが、いまだに生死を彷徨っているような状態だった。聞いた話だとだいぶ厳しい状況のようだった。
「そう、祐樹くんは今病院にいる。でもたしかにあの影は祐樹くんなのよ。ほら、いつも祐樹くんが気に入って付けていた青いTシャツがあるじゃない。あれを着ていたのよ。」
修斗はそれに対してなんと答えていいのかわからなかった。まさか母からこのような話を聞くとは思わなかった。もし母が見たものが本当に祐樹ならば、それは祐樹の生霊ということになる。
「でも、同じようなTシャツを付けている奴は他にもいるし。たぶん僕の友達の誰かが来てたんだよ。」
その時、玄関のほうを母が見て「あっ」と声を挙げた。
母の視線の先、玄関の扉のすりガラスにたしかに青いTシャツを着た修斗より少しだけ低い背丈の人影が見える。
修斗は突然の事で、声も出せずにそのままの姿勢で固まって動けなかった。
横にいる母も同じように、先ほどからの姿勢のままで動かずに玄関のほうだけを注視している。
しばらくそうしていると、その青いTシャツを着た人影が動き始めた。
その人影はこちらに向かって右手をあげて左右に手を振った。まるでバイバイをしているようだった。そしてその人影はスッとその場からいなくなるように消えた。
「今のって、、、。」
修斗はそう言うのがやっとだった。するとその時、家の電話が鳴った。
我に返った母が慌ててその電話に出る。
すると電話で一言二言を話した母が突然号泣し始めた。
ただ事でない様子に戸惑う修斗に、電話を切った母が泣きながら告げた。
「祐樹くん、1時間ほど前に亡くなったって。」
修斗はあまりにも様々なことが起こりすぎて状況がうまくのみこめなかった。
嗚咽が交じりの声で母が言った。
「もしかしたら祐樹くんはお別れを言いに来ていたのかもね。」
祐樹くんの葬式が終わり数日経ったある日、家に修斗が一人で留守番をしているときに玄関の扉を叩く音がした。
何だろうと様子を見に行くと、玄関の扉のすりガラス越しに子供と思われる人影が見えた。
「えっ、、、。」
修斗がそう言ったっきり固まっていると、その人影は扉越しに言った。
「修斗くん、遊ぼ。」
その言い方、すりガラス越しに見える青いTシャツ。
それらはすべて玄関の扉の向こうにいるのが祐樹であることを示していた。
更新日:2024/9/18
バージョン:1.0