通りすがりの〇〇なホラーブログ

自作のオリジナル怪談がメインのブログです。短編のホラー小説や世にも奇妙な物語のような話の作品も書いていきたいです。一人で百物語ができるだけの話を作っていきたいと思います。

【通りすがりの怪談】怪其之六十八 ~再生~

怪談 ~再生~

熱気を孕んだ八月の風が窓から吹き込み、一翔の部屋に散らばる漫画雑誌のページをめくった。高校の夏休み、同級生の一翔、勝、壮真、そして守は、惰性のように一翔の家に集まっていた。蝉時雨が容赦なく降り注ぐ昼下がり、どこか倦怠感を覚える時間を破ったのは、勝の一言だった。
「なあ、夜になったらさ、肝試し行かない?」
その提案に、一翔と壮真の目が光る。勝はニヤリと笑い、皆の視線が守に集まった。守は、普段から物静かで、刺激を求めるようなタイプではなかった。
「肝試し…どこに?」一翔が尋ねた。
勝は少し声を潜めた。「この町の外れにあるだろ? あの刑場跡地。」
その言葉に、部屋の空気が一瞬にして冷えた気がした。誰もがその場所を知っていた。江戸時代、罪人が処刑されたという、暗い歴史を持つ場所だ。
一翔と壮真は好奇心に駆られ、すぐに賛成した。しかし、守だけは顔を曇らせ、明らかに乗り気ではない様子だった。
「どうしたんだよ、守。まさか怖いのか?」勝が茶化すように言った。
守は首を振り、小さな声で答えた。「違うんだ…小さい頃から、親父に、あそこには絶対に近づくなって、厳しく言われてきたんだ。」
一翔たちが「大丈夫だよ」「ただの言い伝えだろ」と口々に言うが、守の表情は固いままだった。行くのを渋る守に、勝は「なら3人で行くからいいよ」と突き放すようなことを言った。
守は迷っていた。父親の言いつけを守りたいという思いと、友人から仲間外れにされたくないという気持ちが、彼の心の中で激しくせめぎ合う。結局、守は重い口を開いた。「…わかった。行くよ。」

午後11時。刑場跡地に着いた4人の前に広がるのは、鬱蒼と茂る木々に囲まれた、薄暗い空間だった。街灯の光も届かず、月明かりだけが辛うじて地面を照らしている。ジリジリと肌を刺すような、どこか生々しい空気が漂っていた。
一歩、刑場の敷地内に入った瞬間、守の様子がおかしくなった。彼の目は虚ろになり、焦点が合っていない。一翔たちがいくら呼びかけても、守はまるでそこにいないかのように反応しない。
「おい、守!どうしたんだよ!」勝が守の肩を掴み、強く揺さぶった。
数回の揺さぶりで、守はハッと息を飲み、やっと我に返ったようだった。彼の顔は青ざめ、額には脂汗がにじんでいた。
「守、何があったんだ?」一翔が心配そうに尋ねた。
守は震える声で話し始めた。刑場に入った途端、周囲の景色がまるで芝居の幕が上がるように変わったのだという。そこには、大勢の着物を着た人々が立っていた。彼らは、まるで現実には存在しない影のように薄く、しかし明確な輪郭を持っていた。そして、その人々の先には、老人から、女、子供までが、磔にされた状態で火に焼かれていた。
守の言葉は、まるで目の前でその光景を見ているかのように鮮やかだった。辺りには、焦げ付くような強烈な臭いと、耳を塞ぎたくなるような泣き声、悲鳴、そして呻き声が響き渡っていたという。そのあまりにも悍ましい情景に、守は恐怖のあまり、一歩も動けずにいたのだと。
守の怯えようは尋常ではなかった。ただ事ではない。そう感じた一翔、勝、壮真の3人は、守を抱えるようにして刑場から逃げ出した。


翌日、一翔たちは心配して守にスマートフォンでメッセージを送ったり、何度も電話をかけたりしたが、守からの応答は一切なかった。夏休みが明け、学校が始まったが、守は学校を休んでいた。
不審に思った一翔たちが担任の先生に尋ねると、守の父親から「体調を崩して入院している」と連絡があったという。
一翔たちは、守のことを心配し、守が入院しているという病院へと向かった。守の病室に着くと、守の父親が病室から出てきた。
「守の容態はどうですか?」一翔が問いかけると、守の父親は顔を歪め、「別の場所で話をしよう」と一翔たちを促した。
父親は一翔たちが守と刑場跡地に行ったことを知っていた。彼は深いため息をつき、絞り出すような声で言った。「もう守はダメかもしれない。」
一翔たちはショックを受けつつも、どういうことかと父親に訊いた。
守の父親は重い口を開いた。
「かつての刑場跡地には、処刑された罪人たちの恨みの念が溜まり、強い怨念となって、その地で多くの人々に災厄を招いていた。昭和の初期、その地の怨念を祓おうと、ある霊媒師一族が立ち上がった。なんとか怨念を封じることには成功したが、霊媒師一族は怨念から子孫末裔まで呪いを受けたのだ。私たち守たち一家は、その霊媒師一族の末裔にあたる。」
父親は、苦渋に満ちた表情で続けた。
「守たちには霊的な力は一切なかった。しかし、怨念の影響から、感受性が異常に高く、特に刑場跡地のような強い怨念が渦巻く場所では、過去の情景を幻視してしまう。守は刑場跡地で見たものに、完全に憑りつかれてしまったんだ…。」
一翔たちは守の病室に戻った。守はベッドに横たわっていたが、その目は虚空を見つめ、時折、何かに怯えるように体を震わせていた。一翔、勝、壮真は、自分たちが守を無理に肝試しに連れて行ったことを激しく後悔した。


数日後、一翔たちは再び守の病院を訪れた。守の容態は相変わらずで、父親は疲弊しきっていた。その時、病室のドアがゆっくりと開いた。そこに立っていたのは、見慣れない老女だった。彼女は静かに守のベッドサイドに近づくと、守の額にそっと手をかざした。すると、守の体が激しく痙攣し始めた。
「ちょっと、あなたはいったい何ですか」守の父親が叫んだ。
老女は振り返らず、静かに答えた。「私は、彼の地の真の守り手。そして、あなた方の霊媒師一族を呪った者だ」
一翔たちは皆凍り付いたように身動きができなかった。父親だけは驚きと怒りで顔を歪めた。「まさか…あの怨念が…まだ生きていたというのか…」
老女は冷たい視線で守の父親の顔を見据えた。「怨念ではない。彼の地を封じた者だ。そして、あなた方の一族は、その封印を解こうとした裏切り者。だから、あなた方の一族は呪われたのだ」
老女は静かに語り始めた。江戸時代、この刑場には、無実の罪で処刑された者たちの魂が多数存在した。しかし、彼らの恨みは怨念ではなく、この地の本来の力、つまり『生命の循環』を司る、強力な霊的なエネルギーだったという。しかし、人々はそれを『怨念』と誤解し、封印しようとした。霊媒師一族は、その霊的なエネルギーを封じることで、人々の誤解を助長し、自分たちの霊的な力を誇示しようとしたのだ。
「そして、その封印は、この地を死の地へと変えた。守が幻視したのは、過去の出来事ではない。封印によって捻じ曲げられた、未来の情景。もし、この封印が完全に解かれてしまえば、彼の地は、守が幻視したような地獄と化すだろう」
老女は守の額から手を離した。守は苦しそうに呻き、そして、大きく息を吸い込んだ。その目には、以前のような焦点が戻っていた。しかし、守は何かを恐れるように、老女から目を逸らした。
「守は、この地の未来を映し出す鏡。そして、あなた方霊媒師一族は、その鏡を曇らせた者たちだ。守が苦しむのは、あなた方の過ちのせい。この封印を完全に解き放ち、この地を本来の姿に戻すことができれば、守の苦しみも終わるだろう。だが…」
老女は守の父親に鋭い視線を向けた。「そのためには、あなた方一族が真の懺悔をすること。そして、守がその力を受け入れることが必要だ」
老女は静かに病室を後にした。一翔、勝、壮真は、あまりにも衝撃的な事実に言葉を失っていた。そして守の父親もまた、老女の言葉に深い絶望を感じたのか深く項垂れるだけだった。


翌日、一翔たちは再び守の病室を訪れた。守はベッドの上に座っていたが、その顔には生気が戻っていた。守は一翔たちに言った。「俺、あのお婆さんが言ったことが真実だとわかるんだ。俺が見たものは、未来なんだ。そして、俺にはあの地を救うことができる力があるんだ」
一翔たちは守の言葉に驚き、父親は困惑した。守は続けた。「父さん、俺は…父さんやご先祖たちがしてきたことを許す。だから、俺に力を貸してほしい。あの地を、未来の地獄から救うために」
守の父親は、守の言葉に涙を流し、深々と頭を下げた。「守…すまない。私が愚かだった。私が…私たちが、間違っていた。」
そこから、守と父親、そして一翔、勝、壮真の五人は、老女が示した方法で、刑場跡地の封印を解くための準備を始めた。それは、霊媒師一族が代々隠してきた「浄化の儀式」と呼ばれるものだった。その儀式には、一翔、勝、壮真の友を想う強い気持ちと、守の「未来を映し出す力」が不可欠だった。彼らは再び刑場跡地に戻り、老婆の導きのもと、力を合わせた。儀式が進むにつれて、刑場跡地の地面から、まばゆい光が放たれ始めた。そして、守の体に宿っていた、未来の地獄の幻影は、まるで霧のように晴れていった。
しかし、その光が収まった時、彼らの目に映ったのは、変わり果てた守の姿だった。守の体は透明になり、まるで光そのもののようになっていた。守は微笑み、一翔たちに語りかけた。「これで…この地は救われる。そして、俺は…この地の守り手になる。」
守の父親は涙を流し悲痛な叫び声を上げた。一翔、勝、壮真は、守の言葉の意味を理解し、同じように涙を流した。守は、この地の未来を救うために、自らがこの地と一体となる道を選んだのだ。
守の体が完全に消え去った後、刑場跡地は、澄み切った清らかな空気に包まれた。そこには、もう怨念の気配も、不気味な雰囲気もなかった。守の父親は、一翔たちに深々と頭を下げた。「守は…この地のために、自分を犠牲にしたんだ。これも、全て私たちの過ちが引き起こしたんだ…」
しかし、一翔、勝、壮真は違っていた。彼らは守の選択を理解し、守の意思を継ぐことを決意した。彼らは守の父親に言った。「守は、自分を犠牲にしたんじゃない。この地を、未来を救うために、この地の一部になったんだ。だから、俺たちはこれからも、守が守りたかったこの地を守っていきます」

それから数年後、あの刑場跡地は、『再生の杜(さいせいのもり)』と呼ばれる美しい公園になっていた。そこには、常に穏やかな風が吹き、人々が笑顔で集う場所となっていた。そして、一翔、勝、壮真は、それぞれ異なる道を歩みながらも、守の想いを胸に、この町を見守り続けていた。彼らは知っていた。守は消えたのではなく、この町の、そして未来の守り神として、ずっとそこにいるのだと。

 

「ふっへっ、こんなに事が上手く運ぶとはねぇ」
老婆は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。
「それにしても、お前はとんだ父親だよ。平然と実の息子を生贄として差し出すなんてね」
守の父親は、不快感を隠そうともせず顔をしかめた。
「人聞きの悪いことを言うな。別に平然となんてしていない。ただ、贄の一族としての務めを果たしたまでだ」
「はっ、よく言うじゃないか。息子には、自分たちは霊媒師の一族だと嘘をついていたくせに」
守の父親は、刺すような視線を老婆に向けた。
「自分が贄となる運命など知らぬ方が、あの子にとってはまだマシだったろう。それに、彼らの協力を得るためにはこうするしかなかったのだ」
老婆は歯の抜け落ちた口を大きく開け、満足げに喉の奥でクックックと笑った。
「まぁ、いいさ。あたしゃ霊媒師の一族としての、そしてお前たちは贄の一族としての使命は果たせたのだからな」

この地は古来、強い闇の力を秘めた場所であった。その力に引かれるように穢れが蓄積し、この地が暗く淀んで完全な闇に呑み込まれてしまう前に、人々は贄を捧げることで浄化と再生の儀式を繰り返してきたのである。古の時代より、その贄の役割を負ったのが守たちの一族だったのだ。

「誰が......、誰が、喜んで自分の息子を生贄にさしだすものか!」
守の父親の強く握りしめた拳が震えていた。これは使命などではない、一族への呪いなのだ。

 

更新日:2025/6/4

バージョン:1.0