怪談 ~瞼~
目を閉じると瞼の裏に映る人影。
常にではないが、それは現れる。そしてそれは笑いかける、俺に向けて。
最初は気のせいかと思った。疲れているだけだと。しかし、その影は日に日に濃くなり、笑みは嘲笑の色を帯び始めた。まるで、俺の心の奥底にある弱さを見透かしているかのように。
ある夜、眠ろうと目を閉じた俺は、恐れつつもついにその人影に問いかけた。
「お前は、一体何者なんだ」
しばらくの沈黙が続いた後に、それはゆっくりと応えた。その声は、まるで壊れたオルゴールの音色のように、耳障りで不快だった。
「私は、お前の心の影。お前が目を背けている、真実の姿だ」
まさか反応があるとは思わず、俺は絶句し言葉を続けることはできなかった。
だがその人影はただジッと俺の言葉を待っているように思えた。
俺は恐怖で震えた声で訊いた。
「お前が俺の…本当の姿......だと」
「そうだ。お前が隠している、醜い感情。嫉妬、憎悪、欲望…それら全てが、私を作り上げた」
人影はさらに近づき、その歪んだ顔を私の目の前に突き出した。
「お前は、私から逃れることはできない。なぜなら、私はお前自身なのだから」
俺は即座に否定しようとしたが、言葉が出てこなかった。人影の言葉が、私の心の奥底に突き刺さり、否定できない真実を突きつけているようだったから。
それからの日々は、悪夢のようだった。人影は目を閉じると必ず現れるようになり、俺に向けて囁き続けた。俺の心の闇を暴き出し、嘲笑い、そして俺を追い詰めていく。俺は次第に精神を蝕まれ、現実と悪夢の区別がつかなくなっていった。
ある日、俺は鏡に映る自分自身を見つめていた。そこにいたのは、やつれた顔、虚ろな目をした、見知らぬ男だった。俺が驚愕していると、鏡の中の男の口元が歪み、あの人影と同じ嘲笑を浮かべた。
「やはり、お前は私なのだ」
鏡の中の男がそう呟いた瞬間、俺の意識は闇に飲み込まれた。
それから、俺の消息を知る者はいない。ただ、俺の部屋に残されたスマホには、こうメッセージが残されていたという。
「俺はついに、俺自身に囚われた。逃げ場はどこにもない。あるのは、永遠に続く闇だけだ」
そして、メッセージの最後には、こう記されていた。
「今、俺の目の前に、もう一人の俺がいる。それは、俺と全く同じ姿をしているが、その顔には、狂気に満ちた笑みが浮かんでいる。俺はそれを安堵と共に受け入れようとしている」

更新日:2025/5/22
バージョン:1.0