通りすがりの〇〇なホラーブログ

自作のオリジナル怪談がメインのブログです。短編のホラー小説のような作品も書いていきたいと思います。怪談は因果律の中へ。

【通りすがりの怪談】怪其之三 ~踊る死神~

怪談 ~踊る死神~

弥生は、風邪を拗らせて高熱を出した娘の碧を連れて深夜の救急病院へと来ていた。
診断の結果、肺炎になりかかっていることがわかったため、碧はその場で即入院することになった。
碧の父親の慎吾は、タイミングが悪く海外へと出張に行っていて明後日までは日本に帰ってこない。
弥生は1人で不安だったため、実家に住む母親へと電話をしたが呼び出し音は鳴るも繋がらなかった。深夜という時間を考えればしょうがないことだ。
生憎と言っていいのかちょうど良かったというべきかわからないが、その日は大部屋が全部埋まっていたため碧は個室に入院することとなった。
弥生は病室で、碧の寝るベッドの傍にイスを置いて座り、朝まで眠ることなくひたすら碧の容体を気にかけていた。
点滴で投薬した薬の影響か、朝になると碧の熱はだいぶ下がってはきていた。
ただ医者が言うには、今は薬が効いたことによる一時的な回復で、再び高熱が出る可能性が高いので、しばらくはこのまま入院が必要だろうという話だった。
弥生は病院に来るときには必要最低限の持ち物しか持ってきておらず、碧の着替えなども取りに一度家に帰らなければならないと思った。
碧の担当の看護師に相談すると、今は碧の状態は安定しているので、家に戻っても大丈夫とのことだった。
ならばと、弥生は眠っている碧を看護師にお願いして、一旦家に帰ることにした。
そして家に戻って碧の着替えの準備をしているときに、弥生の母親の恵子から電話がかかってきた。
事情を話すと恵子も病院へと来てくれると言う。弥生は今家にいるので、後で病院の入口で落ち合おうと言うと、恵子は怪訝な声で言った。
「今、碧は一人なの。」
「そうだけど。」
「そう、、、大丈夫かしら。」
「看護師さんが見てくれているから大丈夫よ。」
「うーん、でも看護師さんは付きっきりで見てくれるわけではないでしょう。」
「それはそうかもしれないけど。でも病院にいるんだから大丈夫よ。」
そう言ったが、恵子は不安そうな様子を隠そうともせずに心配だと繰り返し言って電話を切った。
たしかに碧の容体は心配かもしれないが、病院にいるのだからそこまで心配しなくてもと弥生は思った。

その後、タクシーに乗って急いで病院に戻ると、病院入口の前に恵子が立っているのが見える。タクシーから降りて恵子に声をかけると、恵子に急かされながら碧の病室へと向かった。
碧の病室は3階のため、エレベーターに乗って上へと上がる。その間も恵子はそわそわと落ち着かない様子だった。
3階についてエレベーターを降りると、右手側のすぐのところにナースステーションがある。
弥生と恵子はナースステーションへと向かい中へと声をかける。すると、看護師の一人が慌てたように弥生のところに来た。
「ちょうど今電話しようとしていたところだったんです。碧ちゃんが大変だったんです。」
それを聞いて弥生と恵子は一気に顔が蒼ざめた。
「容体が悪化したのですか。」
弥生は不安を隠しきれない様子で、少しだけ震えた声で看護師に聞いた。
「いえ、容体は大丈夫なのですが、、、。」
歯切れの悪い返答だった。ならば何が大変なのだろうかと弥生は思った。とりあえず碧のことが気になるので、その看護師との会話を打ち切って病室に急いで向かうことにした。
病室に向かって歩きながら恵子は「やっぱりアレが出たのよ。」と青白い顔をしながらボソボソと呟いている。
「アレってなに。」
弥生は聞いたが、その問いに恵子は答えようとはしなかった。

病室について中に入ると、ベッドの上で眠っている碧と傍には担当の看護師と医者が立っている。
「何があったのですか。」
弥生がベッドに近づいて娘の様子を伺いながら医者に聞くと、医者は着ている白衣の袖の部分を額に当てて、滴るかのように流れる汗を拭きながら答えた。   
「碧ちゃんが突然大声で騒ぎ初めまして。ちょうど看護師も誰もいないときだったので何があったのかよくわからないのですが、慌ててきた看護師が病室に入ると碧ちゃんは緑色のお化けが居ると言ってずっと悲鳴を上げながらベッドの中で怯えていたようです。看護師が言うには病室に入った時には中には碧ちゃん以外誰もいなかったと言っていたので、おそらく高熱による幻覚を見たのかと思うのですが。」
弥生はどういうことだろうと碧の様子を伺ったが、今は静かにベッドで眠っている。
隣の恵子は深いため息をついて「やっぱり。」と言っている。
弥生は恵子に何か知っているのなら教えてと言う。
恵子は再び深いため息をついてから深く頷いて応えた。

医者と看護師が病室から去り3人だけとなった部屋の中で、碧の眠るベッドの横に置いたイスに腰掛けた恵子は、碧の熱った手を摩りながら話し始めた。
「うちの家系の人間、女はとくにだけど、命に関わる状態になったときに死神があらわれるの。その死神は顔がどこにあるのかわからないくらい全身が毛むくじゃらで、その毛が全て緑色なんだけど、それが現れて枕元で奇妙な舞を踊るのよ。」
「緑色の毛の死神、、、。」
弥生はその言葉に何か引っかかるものを感じていた。
「そう、そしてその踊りをすべて踊り終えるとその人は死んでしまうと言われているの。」
そこまで話したところで、それまで強張った表情で話をしていた恵子だったが、少し表情を和らげた。
「でも、近くに人がいると死神は近づいて来れないみたい。だからうちの家系の者が病気のときは近くに誰がが必ずいるようにしなければならないのよ。」
そこまで聞いて弥生は憮然とした顔を恵子に向けた。
「じゃあ、なんで今までそのことを教えてくれなかったの。」
弥生の視線から逃げるように恵子は少しだけうつむき加減になった。
「私は今まで命に関わるような病気をしたことがないから見たことがないのよ。それに弥生も子供のころから人一倍健康でほとんど病気なんかしたことなかったじゃない。だから私もあなたも見たこともないのに、こんな話しても信じてもらえるわけないと思ってね。」
弥生は手を額に当て目を閉じ、しばらくそのままでいたが、やがて目を開けると、深くため息をついた。
「思い出したの。私もたぶんその緑色の死神を見たことがある。」
恵子は驚きのあまり顔を上げた。そして目を見開いて、しばらく弥生を見つめていた。
「いつなの。いつ見たの。」
「碧の出産のときよ。」
「出産のときって、どういうこと。」
恵子の口調が少しだけ厳しくなった。
「お母さん、あのときちょうどぎっくり腰で出産に立ち会えなかったから言ってなかったんだけど、出産の後しばらく出血が止まらなくて私少しだけ危険な状態だったみたい。私も後から慎吾から聞いて知った話なんだけど。」
弥生は思い出したくないものを思い出してしまった不快感からか、無意識に不味いものを食べた時のように顔を歪めていた。
「病室で一人になったときに、意識が朦朧としていたけど、その緑色の死神が踊っているのを見ていた気がする。」
「そうだったの、、、知らなかったわ。」
そう言って恵子は少し頭を下げた。
「ごめんなさいね、そんなことなら話しておけば良かったわね。でも死神に命を取られなかったのだから良かったわよ。」
弥生は今度はさっきよりもさらに深いため息をついた。
「全然良くないわよ。」
そして怒気を孕んだ口調で続けて言った。
「私と慎吾は生まれてくる赤ちゃんの名前を5つ考えていたの。赤ちゃんが生まれたらその5つのうちから決めようと。そして出産後に意識を取り戻した私に慎吾は言ったわ。赤ちゃんの名前は決まったって。」
「私は慎吾が勝手に決めたことに文句を言うと、慎吾は名前は君が決めたのだと言ったのよ。」
そして、弥生は少し間を開けてから、今度は深呼吸をするように深く息を吸ってから話を続けた。

「慎吾にどういうことかと聞くと、君は寝ながら5つ考えたうちの1つの名前をずっと繰り返し繰り返し呟いていた、と言ったわ。」
恵子は「なんていったの」と聞いてすぐに何かに気づいたのか「もしかして、、、。」と言って絶句した。
弥生は絞り出すような声で恵子に向かって言った。
「そうよ。私はみどり、みどり、と呟いていたの。」
弥生は悲しいような怒っているような複雑な表情で、ベッドでスヤスヤと寝息を立てて寝ている碧の顔を見つめていた。


そして、そのベッドサイドには名前が書かれた札が付けられていた。

「仲村 碧(なかむら みどり)」

 



更新日:2024/7/19

バージョン:1.0