怪談 ~私の番~ 夕暮れ時のラッシュアワー、電車内は湿った空気と人々の熱気に満ちていた。人波に押し流されるように座った桃香の隣の席に、一人の若い女性が座っていた。華奢で、どこか儚げな印象の女性だった。突然、その女性が激しく咳き込み始めた。ま…
怪談 ~俺の夜~ 俺は夜が好きだ。夜は人がいない。まるで世界が、自分というたった一人のために作られたかのように感じる。その静寂と広大な孤独こそが、俺にとっての至福のひとときだった。夜風が肌を撫でる初秋の深夜。時刻は0時を回っていた。俺はこの時…
怪談 ~誘い~ 気がつくと、身体は冷たい湿気に包まれていた。辺り一面、視界の全てを奪うような深い真っ白な霧に覆われている。自分の手すら、ぼんやりとした輪郭しか捉えられない。自分がどこにいるのか、どうしてここにいるのか、一切の記憶がごっそり抜…
怪談 ~百物語~ 新入生歓迎の季節が過ぎ、梅雨の終わりとともに夏が近づいてくる気配を感じ始めた頃、オカルト研究会の新入生四人は夜の部室へと集まっていた。蝋燭を立て、その仄暗い光を囲んで百物語を始める。この百物語はオカ研の新人メンバーが行う伝…
怪談 ~スニーカー~ あるフリマサイトで限定版のスニーカーを見つけた彰斗は、迷わず購入した。発売後、瞬く間に完売した幻の一足だ。数日後、待ちわびた段ボールが届いた。しかし、その日は急ぎの用事があり、開封する間もなく家を飛び出す。帰宅し、夕食…
怪談 ~迫る女~ 深夜。国道を走る車内に、酒とタバコの匂いがこもっていた。弘明はぼんやりした頭でハンドルを握り、窓の外の街灯の列を目で追っていた。 その時だった。視界の端で何かが動いた。 目の前の横断歩道を、人影が歩いているのが見えた。車の進…
怪談 ~共鳴~ 人が自殺する現場に出会うことがよくある。この話を人にするとほとんどの場合引かれるので、自分からすることはない。実はつい先日も飛び降り自殺を目撃した。その日は仕事で外回りをしている最中だった。駅前に商業ビルが立ち並ぶ一画にある…
怪談 ~落書き~ 退屈な授業中、いつものように自分の机に落書きをしていた。教師に見つからないよう、鉛筆の芯を少し寝かせて、薄く、だがはっきりと分かるように。小さなキャラクターや意味のない言葉。それは山崎勇人にとって、誰にも知られてはならない…
怪談 ~匂い~ 大学生の和也は、大学近くの居酒屋でアルバイトをしていた。そこで知り合った清真とは同い年ということもあり、すぐに意気投合し、プライベートでもよく遊ぶようになった。ある晩、バイト先のトラブルで帰るのが遅くなり、和也は終電を逃して…
怪談 ~夜の公園~ 仕事を終え帰宅していた太田は、いつも通り同じ時間に自宅の最寄りの駅に降り立った。時刻は午後10時を少し回ったところ。駅から自宅までの20分ほどの道のりを、疲れた足を引きずりながら歩いていると、突然、腹部に鈍い痛みが走った。「…