怪談 ~心霊スポット~
これは、今から三十年も前の話だ。
健太、拓海、勇気、遼の四人は、心霊スポット巡りという危険な遊びに熱中していた。話題の場所を見つけては、夜な夜な車を走らせる。そのスリルと、恐怖を乗り越えた後の達成感が、彼らを強く惹きつけていた。
ある晩、リーダー格の拓海が、とっておきの場所を見つけてきた。「昔、そこにあった工場では、大勢が亡くなった爆発事故があったらしい。その工場があった場所は俺たちの住む街からは車で一時間もかからない、まだ知られていない穴場だ」と、興奮気味に話す。健太と遼は即座に賛成し、すぐにでも行こうと盛り上がった。
しかし、勇気だけは気が進まないようだった。数週間前に訪れた心霊スポットが、テレビやラジオで紹介され有名になっていたため、同じ目的の若者でごった返していたのだ。その数は三十人ほどいただろうか。あまりの人の多さに近所の住民が警察に通報し、結局、何も起きないまま帰る羽目になった。それ以来、心霊スポット巡り自体にうんざりしていた勇気は、正直、この遊びから距離を置きたかった。
だが、拓海は「今回の場所は、テレビやラジオ、雑誌などには一切紹介されていない、本当の穴場なんだ」と力説する。その言葉に、勇気は渋々承諾した。そして、その週末の土曜日に決行することになった。
午後十時。待ち合わせ場所に集まった四人は、一台の車に乗り込み、目的地へと向かった。賑やかな街の明かりが遠ざかり、周囲が畑ばかりの道に入る。車内は他愛もない会話で賑やかだったが、やがて視界に入ってきた大きな川が、少しずつ空気を変えていく。まるで、この先が世俗から隔絶された場所であることを暗示しているかのようだ。
目的地に到着した。どうやらそこは今は公園になっているらしく、駐車場もあるようだ。だが、夜間は立ち入り禁止のため、鎖で封鎖されていた。四人は近くの道に車を停め、エンジンを切った。途端に、辺りは異様なほど静まり返る。車のエンジン音も、彼らの話し声も、全てが吸い込まれたかのような深い静寂が、これから始まる恐怖を予感させる。
車を降り、懐中電灯の細い光を頼りに周囲を見渡す。広い公園の全貌は、暗闇に隠れて見えない。拓海によると、公園の一番奥、川に面した場所に、爆発で亡くなった人たちの慰霊碑があり、そこで霊の目撃情報が多いらしい。駐車場から歩いて十分ほどの距離だ。
「よし、行こう」と拓海が言った、そのときだった。「ちょっと、トイレ行ってくるわ」と遼が弱々しい声で呟いた。それを聞いて、健太と拓海も「なら俺も」と続いた。トイレは慰霊碑とは逆方向にある管理棟が入る建物の中にしかないようだった。一人で待つという勇気だけをその場に残し、三人は懐中電灯の光を頼りに、トイレの方へと消えていった。
五分ほど経ち、三人が戻ってきた。勇気と合流し、再び慰霊碑へと向かって歩き出す。街灯はなく、頼れるのは拓海が持つ懐中電灯の細い光だけ。いつもは騒がしい三人も、その日に限って口数が少なかった。その不自然な静けさに耐えられなかったのか、勇気が「なあ…」と皆に向けて声をかけるが、誰も返事をしない。
勇気は立ち止まり、三人の顔を懐中電灯の光で照らす。全員が下を向いている。不気味な沈黙が続いた。
「おい、どうしたんだよ」
「なあ、返事しろって」
何度呼びかけても、誰も反応しない。
すると突然、拓海が「くくく…」と、喉の奥から絞り出すような笑い声を上げた。それに続いて健太と遼も、声を押し殺しながら笑い出す。やがて三人は腹を抱えて大笑いし始めた。その異様な、どこか人間離れした笑い声に、勇気はただただ茫然と見つめることしかできなかった。
笑いが収まった三人は、「ごめんごめん、勇気があまりにも真剣な顔してたから」と冗談めかして謝った。どうやら、トイレから帰ってくるときに、勇気を驚かせるため悪ふざけの相談をしていたようだった。勇気は怒りを通り越し、ただただ唖然としたようだった。そのまま黙って再び歩き出す。勇気を怒らせてしまったかと思い、三人は顔を見合わせると苦笑いを浮かべた。
慰霊碑までの道は、先ほどとは打って変わって賑やかになった。慰霊碑の周りも荘厳な雰囲気ではあったが、心霊スポット特有の重苦しさはまるで感じられない。「なんだ、何も起きないじゃん」健太が言う。「今回はハズレかもな」遼が続く。
その瞬間、拓海が懐中電灯の光で周囲を照らしながら、訝しげな声を上げた。
「あれ、勇気は」
健太と遼も慌てて周囲を見回す。
「勇気がいない…」
誰もが、一体いつから勇気がいなくなったのかわからなかった。
「もしかして、さっきの冗談で怒って先に帰ったのかも」拓海が不安げな声で言った。「確かに、あの後から勇気、一言も喋らなかったな」健太が続ける。遼は「でも、車の鍵は拓海が持ってるし、車に戻って待ってるんじゃないか」と言い、三人は来た道を戻り始めた。
車に戻ると、案の定、そこに勇気はいた。そして勇気は三人に対して酷く怒っていた。三人はさっきのは冗談だったと謝るが、勇気の怒りは収まるどころかヒートアップしていく。
「お前ら、いったい何を言ってるんだ。俺はお前たちがトイレに行ってからずっとここで待っていたんだぞ」
勇気の話を聴くと、三人がトイレに行ってから、どれだけ待っても戻ってこないので心配になり、トイレまで見に行ったが中には誰もいない。仕方なく車のところに戻って待っていると、慰霊碑の方から三人が戻ってきたと言うのだ。てっきり、勇気は自分を出し抜いて三人だけで慰霊碑に行ったのだと思って、腹を立てているようだった。
勇気の言葉に、三人は狐に摘ままれたような顔をしていた。
「いや、勇気は一緒に慰霊碑まで行ったよ。そこで急にいなくなったんだ」拓海がそう説明したが、勇気の怒りはさらに増すばかりだ。
「俺はずっとここに居たんだ。そんな出鱈目な言い訳が通用するわけないだろう」
そのとき、遼が「あっ…」と声を上げ、懐中電灯の光で慰霊碑へと続く道を指差した。
その光の先、濃い闇の中に、輪郭がぼやけ、光を吸い込むようにそこに立つもう一人の勇気が見えた。
しかし、勇気は今、車のそばに立っている。勇気が二人……。四人は顔面蒼白になり、急いで車に乗り込むと、悲鳴のようなエンジン音を響かせ、その場を走り去った。車の中では誰も口を開こうとしない。恐怖に震えながら「あれがドッペルゲンガーってやつなのか…」と拓海が呟いた。見ると死ぬという噂があるが、あれは本当に勇気だったのか?それとも…。
それから、四人で心霊スポットに行くことはなくなった。勇気は今も生きているが、夜に外に出ることを極端に恐れるようになったらしい。いつか、またもう一人の勇気に会ってしまうのではないかという恐怖が、未だに彼の心を蝕んでいる。

更新日:2025/8/25
バージョン:1.0