怪談 ~友人~
裕太は生まれつき心臓に持病があり、幼いころは度々発作を起こしては入退院を繰り返すような生活を送っていた。それは小学生になっても変わらず、発作を起こす度に学校を休んでいた。裕太はそのせいもあり引っ込み思案な性格で学校ではなかなか友達ができなかった。
小学5年生になった時に心臓の手術を受けたことで奇跡的に回復した裕太は、それ以来学校を休むことはなく、他の子と同じように生活できるようになっていった。そんな裕太にやっとできた友人が拓真だった。
拓真は裕太とは真逆のタイプで、性格は明るく頭も良く活動的だったため、いつもクラスの中心にいるような人気者だった。
そんな二人が、同じクラスで隣同士の席になったことが縁となり、それ以来ウマが合った二人はお互いに一番仲が良いと言える友人となった。
裕太と拓真がウマが合ったのには実は理由があった。二人ともオカルト系の話がとても好きだったのだ。裕太がオカルト系の本を読んでいることに拓真が気づき、拓真が話しかけたことをきっかけに二人はよく話をするようになった。
中学に進学後もクラスは異なったが、二人の付き合いは続いた。部活に入らなかった二人は放課後のほとんどを一緒に過ごした。
拓真が進学校として有名な私立高校に進学したためいったんそこで二人の付き合いは途切れたが、二人ともに大学卒業後は地元に戻ってきて就職したため、そこで再び付き合いが復活し、それ以来ずっと仲が良い友人関係が続いていた。
だが30歳を迎えたころに二人の関係に変化をもたらせる事態がおこった。
拓真が仕事中に突然倒れたのだ。
病院へと運ばれた拓真は検査を受けたところ、脳に悪性の腫瘍が見つかった。
早く手術をして治療をしなければ、いつまで生きられるかわからないほどに病状は進行していたが、その手術も相当に難易度が高く、成功する確率はわずか10%程度というものだった。
そのため拓真は肉体的にも精神的にもだんだんと追い詰められていた。
それ以来病院へと入院していた拓真だが、日に日に衰弱していった。
裕太は心配で度々病院へとお見舞いに訪れていた。最初のうちは面会ができていたが、次第に拓真から今は誰とも会いたくはないと面会を断られるようになった。
そしてそれから一月ほど経ったある日、裕太の元へ拓真から病院に来てほしいとの連絡が来る。
裕太は翌日には仕事を休んで、さっそく病院へと向かった。
病室に入って拓真を見た裕太はその変わりように驚いた。
拓真は元々痩せていたが、病室で見た拓真はさらに痩せ細り、もはや骨と皮だけという表現の通りという状態だった。
顔を見ると頬が痩けていて、肌も茶褐色に変色し乾燥してカサカサしていて生気がまったく感じられなかった。裕太は想像以上の状態に、驚きのあまりしばらく何も言うことができなかった。
その様子を見た拓真は苦笑し力ない声で「そんなに驚かないでくれよ」と言うのだった。
裕太は拓真に向かい謝罪したが、拓真は顔には笑みを浮かべ弱弱しく首を横に振るだけだった。
拓真のベッドの横に置かれた椅子に座った裕太は何と話しかければいいのかいまだに思いつかずにいた。
拓真はベッドに横になり天井をただ見上げていた。
「体のほうはどうなんだ。」
裕太はとりあえず思いついたありきたりの言葉を口にした。
「見た通り、良くはないな。」
拓真は姿勢を変えることはなく、ただ目だけを動かして裕太のほうを見ている。
「そんなに気を使わなくていいよ。もう覚悟はできているから。」
拓真はそう言うとフッと軽く息を吐き、そして視線を再び天井のほうに戻した。
「そんなことを言うなよ。諦めたらそこで終わりだろ。」
裕太はなんとか拓真を励まそうとした。だが拓真は何を言っても首を横に振るだけだった。
「もう死が間近に迫っているのがわかる。そして自分の死を意識したとき人は否応なしに自分の心を殺していく。死に対して肉体と心のバランスを取るかのように。おそらくそれを絶望というのだろう。」
拓真が突然変なことを言い始めたので裕太は驚いた。
「何を言っているんだ。」
「昔、二人でよく話をしただろう。死んだあとに幽霊となる人とならない人の違いは何だろうということを。」
裕太はたしかに昔拓真とそんな話ばかりしていたことを思い出した。
「たしかにそんな話はしていたが、なぜそんな話を今するんだ。」
「自分がそういう立場になって分かってきたことがあるんだよ。人は肉体の死を間近に感じると、心、、、精神、、、魂、、、言いかたはいろいろあるが、とにかく肉体とのバランスを取るように徐々に心を殺していくんだ。そして肉体の死と同時に心も死ぬ。そうすると人は幽霊とはならずに、どこか別の場所へと行くんだと思う。」
裕太は拓真の話に引き込まれてしまっている自分がいることに気づく。元々拓真と仲良くなったきっかけもこのようなオカルトの話だった。
「別の場所?天国とか地獄とかか。」
「いや、死後にどこにいくのかまでは流石にわからないよ。ただ分かることは、心を殺さずに肉体が死んだ人は、心だけがこの世に残ることになる。おそらくそれが幽霊の正体なのだと思う。」
拓真は弱々しくもしっかりとした口調で話し続ける。
「よく奇跡的な生還を果たした人が、以前と人が変わったようだと言われることがある。
あれは死を間近に体験し死生観が変わったためなどと説明されることがあるがそれは違うと思う。
あれは一度肉体が死んだときに心だけが死んでしまった結果なのだと思う。その後肉体は 奇跡的に生還を果たすが、元の心は戻らず。
つまり生還と言いつつもそれは外側だけで中身は死んでしまい別のものに入れ替わったんだよ。
別のものが何なのかはわからない。新しく生まれた心なのか、それ以外の何かなのか。
だから、もし僕が奇跡的に手術が成功して生還できたとしても、その僕は今の僕とは違う存在かもしれない。」
裕太は完全に拓真の話に引き込まれていた。
「もしそうだとするならば、それはある意味別人ということか。」
裕太が質問すると拓真はなぜか少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「そう。ただ、それは別人であって別人ではない。記憶は肉体に付随するものだから、心が入れ替わっても維持される。変わるのは性格や考え方だと思う。分かりやすく言えば記憶と肉体を共有する別人かな。食べ物の好き嫌いや趣味嗜好が変わるなんていうのはこれで説明ができる。」
裕太は拓真の話に引き込まれながらも、拓真がこのような話を突然し始めた真意が知りたかった。
「なんでこんな話を今俺にするんだよ。」
「死を間近にして閃いた考えを、俺自身で確認したいんだよ、この考え方は正しいのかどうか。でも自分では確認のしようがない。だから事前にこの話をお前に伝えておいて確認してもらおうと思ったんだ。」
そこで拓真は弱々しくも声を出して笑った。
「まぁあくまで手術が成功したらの話なんだが。成功率10%の手術を受けるというのに、こんなことを考えている患者は俺くらいかもな。」
裕太は拓真の肩に手を置くと、同じように笑った。
「ほんとお前らしいよ。手術から必ず生還して帰ってこいよ。きっとお前の考えは間違っていないよ。」
そう、拓真の考え方は足りないところはあれど間違ってはいない。拓真は昔から洞察力が鋭いと思っていたが、このような状況になってもさすがとしか言いようがない。
そして俺は知っている。奇跡の生還を果たしても心だけが死んでしまった人がどうなるのか。
世の中には何の準備もせずに突然死んでしまう人がいる。拓真はそういう人が幽霊になると言ったが、それも正しい。
その幽霊となった彷徨う心は自分が入ることができる器を求める。たとえば心だけが死んでしまって空となった肉体とかを。
俺は知っている。俺もそうしてこの肉体を手に入れたから。
最初俺はこの裕太という肉体で目覚めたときは戸惑った。前の生と死の記憶と裕太の肉体が持つ記憶が混ざり、激しく混乱もした。たがすぐに前の生の記憶は薄まり自身が裕太であるという自覚が心を支配した。今では前の生があったこととその心が裕太という肉体に宿ったことしか覚えておらず、今は身も心も自分が裕太なんだとしか思えない。
だからこそ俺は拓真には生還してほしいと心の底から思う。もし生還した拓真が以前とは違ったとしても俺は受け入れられる。俺は最大の理解者となれるはずだ。
更新日:2024/11/21
バージョン:1.0